なぜ?

昨夜何気なく見ていた「カンブリア宮殿」での一言。

雪国まいたけの社長さんがものすごい貧乏生活から
「なぜ?」這い上がったのかという問いに

「貧乏でも仕方がないと、受け入れることができなかったから」と
おしゃっていた。
なるほど~
なんかわかる。


私は次男の発達の遅れ、自閉的な大変さ
なんとかしたかったのだった。
それは裏を返せば「これで仕方がない」と思えなかったからかもしれない。
自分に対しても
そして子どもに対しても。
何より、大変な「暮らし」に対して。

自閉だから「仕方がない」じゃなく
どうにかすれば、もっと本人も楽に
家族も楽になれるんじゃないかという
想いが強かったのかもしれない。

パニックはつらかったもの。
私ももちろん本人も。
家族も楽しくない、どよよーんとなる。
少しでも暮らしをよくしたい、
暴れる子を押さえつけるだけの日々はいやだ。
人並みに暮らしたい。

「丸ごとかわいがる」という田口恒夫先生の言葉だったり
身近な先生方の励ましだったり。
今より少しでも「暮らし」がよくなるなら。
その言葉を信じてすすむしかなかったのかも。

今でいう「アタッチメント」(愛着)という育児なのでしょうか。
ひたすらかわいがる。
親も子も互いに頼れる仲になる。
障害のある子だからこそ、足りない部分を
いっぱい補わないといけなかったわけで・・・


本人が「良くなるなら」ではなく
私も本人も家族も、みんなの暮らしが良くなるなら。

本人の成長は全部後からついてきたのかな。



田口恒夫 『今、赤ちゃんが危ない』近代文芸社 (現在在庫なしだそうです^^;)








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アタッチメントや田口先生のお話などは
「自然育児」という範疇にはいるようですが
私自身はそんな「こだわり」があってここに入ったわけでもなく^^;


全く、何もなかったからこそ
人としてどう赤ちゃんを育てていいかもわからなかったわけです。

お兄ちゃんのほうは、それまでの3年間(次男の遅れに気づくまで)
おそらく本人自身の持つ強い生命力で私の足りなさを補ってくれていたのだと思います。
私の育て方なんて、ひどいものでしたから。

きっと、気がつかずにずっとひどい育て方をしていたら
どこかで本人自身の力でも、耐えられなくなってくる時期がきたと思います。


障がいのある子が生まれたのは、正直つらいことだったけれど
やっぱり意味があることだったのかもと思えます。

やはり私たち家族はトータルして見ると
彼に「救われた」んだと。
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by kokoroyasashikune | 2010-04-20 13:17 | 日記
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